【モンスト】新降臨キャラの『張角』って歴史上どんな人?張角とは?

※興味がある人だけ見て下さい\(^O^)/※

張角ってどんな人?

出生:生年不詳
死去:中平元年(184年)

張角とは、古代中国・三国志期に登場する、太平道の教祖を名乗った男。
後漢末期、信者とともに漢王室に対して叛旗を翻し、「黄巾の乱」を起こしたことで有名。

張角の概要

教祖以前の身振りは正史にはないが、演義には記述があり、兄弟(張宝・張梁)ともに貧しかったという。
ある日張角が薪を取りに山に出かけると、その山の中で南華老仙という仙人に出会い「太平要術の書」を授かる。これには風雨を呼ぶ法や符を浸した水で病人を癒す法などが記されていた。張角は生来の王朝腐敗への憤りからこれを経典として「太平道」なる道教集団を作り上げ、信者を集めていった。折しも漢王室の腐敗によって苛烈な収奪が行われることが常態化し、これに反発した民衆が太平道に入信したため、太平道の規模はまたたく間に拡大した。

こうして信者を集めた張角はかねてからの野望と民の要望通り、漢王朝の腐敗を誅すべく太平道信者による反乱を起こす。この際に自身を大賢良師(天公将軍)と称し、その弟である張宝・張梁は地公将軍・人公将軍を名乗り、権威づけをおこなった。
この反乱は「スローガン(後述)」「目印(黄色の巾)」「明確な序列(天地人公将軍)」「人心(太平道)」などの、叛乱における基本的な教則を守っていたことから大規模になり、乱の指導者張角はまさに中国全土の目の敵にされた。

しかし乱を起こした直後に病魔に襲われ、その後志半ばで病死。またこれに動揺した張宝・張梁兄弟も名将皇甫嵩により捕縛され、斬首された。こうして太平道は7カ月ほどで活動を停止するが、指導者を失った太平道信者の一部や漢王室の腐敗に憤る農民たちは以降も「黄巾賊」を名乗って各地を荒らしまわり、民衆から大いに恐れられたという。

王朝に対して乱を起こした事や、演義での劉備との敵対ぶりから「悪人」のレッテルを貼られているが、すでに漢王朝は腐り、乱後も政争に明け暮れ、何進や袁一族の介入がなければ乱後もまた元通りであったこと否定できない。
仮に張角自身が「善人」として世を正すために蜂起したとしても、王室打倒という義よりもその王室と同じ行為をした賊が黄巾を名乗って暴れまわったのは本人にとっても残念といえよう。

後に太平道の教えは五斗米道(張陵が発起、張魯で有名)とともに中国三大宗教である道教の基礎を形成した。

参照:http://dic.nicovideo.jp/a/%E5%BC%B5%E8%A7%92

20150103_mj03無双マルチレイド2の張角

モンストでは女体化されていますが三国系はこういう渋いのがかっこいいですね~(=゚ω゚)

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